投稿日:2008-04-26 Sat
昨日飲み会の席でまったく無益な意地を張ってしまったがために、今日は一日寝ているように活動していたけど、布団の中で本を読んでいたら覚醒がこんな時間にやってきた。あーもう。今日の4限、読書をしながら教授が来るのを待っていた。
30分遅れで教授が入ってきた。見たことのないオッサンだった。
どうやら僕は教室を間違えたらしい。またやっちまった。
途中で授業を出る気にも授業に出る気にもならなかったので、そのまま名前もわからない講義を受けることにした。彼は漱石についての論評のプリントを配りだした。
とりとめのない思考に耽っていると、教授がふいに出来事について話しだしたので耳を傾けた。
曰く、出来事はそれが起こる前と後とで、自分に変化が起きているようなこと。だけどそれは文字通り、いつ出て来るかはわからないので、遭遇するためには常にアンテナを立てて感度を良く保っていないといけない、とのこと。
ふむ、この話を聞けたこと自体が僕にとってまったくの出来事であったかもしれない。
僕は音楽が好きだが、外に出かける時には音楽を持ち出さないようになった。
かっちょいい機器で好きな音楽が気軽にいつどこでも聴けるのは、一見とても良いことのように思える。
だけどもそれは、聴覚という重要なアンテナ一つを自ら不能にすることになる。
僕は大抵電車に乗るときは本を読む。
目は本に、耳は音楽に、それは、他への徹底的な無関心の状態ではないか。
以前、同じ車両に乗り合わせた女性が倒れても気づかないことがあった。僕は好きな音楽を聴いていたのである。その出来事は僕をずいぶん悲しい気持ちにさせた。
そんなこともあって、僕は音楽は外へ持ち出さないようになった。
それにアレだ。ただでさえ僕らの周りは音楽で溢れているじゃないか。
僕は部屋の中では絶えず音楽を流しているし、店にでも入れば音楽はほぼ必ず耳に入って来る。
じゃあ何も移動まで音楽とともにする必要なんてない。
常に音楽を聴いていなければならないなんて、それじゃあ一種の呪縛じゃないか。
音楽を音楽として楽しむためには、少し音楽から離れることも必要だと思うし、
それに昔から嫌いだったんだ。一人でトイレにも行けないような奴は。
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